rocki'n rabbit 穴兎


昨年のMOTの作品。
初めての試みで、インスタレーションの一部として乗れる絵画の作品を作りました。
乗れる絵。ゆらゆらゆれる穴に飛び込むウサギ達。子供達はそれに乗ってあっちへ行ったりこっちへ来たり。
点在するそれらを構成して一つの絵画空間を作りたい。と思ったのです。
これまでの作品の試作をアトリエで触っていて、鏡の作品を作って来た方法を使えば作れる!と思いました。
そんなところから絵の面でできた乗りものを木馬のような形で作りたいと思っていてそれを実現に移したわけですが、完成に至るまで2年ほどありとあらゆる子供用乗り物を買ったり測ったりして研究しました。まず美術作品で触れる、乗れる、というのが通常はあり得ない上に、夏休みにわんさか子供が来て乗っても壊れない、事故がない、という前提はかなり制作のハードルが高いです。
始めはもっとボリュームのある塊として作る作り方やFRPで作る事なども案に上がったのですが、私が作っているのは平面作品であり、あくまでも平面が屹立した2次元の面である形にしたかったので、立体感が出ないように形に注意を払っています。
色々試作した結果、最終的に素材は木で2枚の立つ面で作ることにして、さらに安全のためには幼児が乗るにはこれくらいの重量でこの幅でこのバランスでこの角度で組めば出来る!というところにまでたどりつきました。
そして加工をしていくうえで、沢山の子供が乗るもので、それも毎日毎日2ヶ月間…と言うことで、安全面や強度を確かなものにしておきたかったということもあり、木の加工の専門家にも相談した方がいいと言うことになって、協力してくれる家具工房を探して相談に乗ってもらいました。
色々な方と会って相談しましたが、デリバリーワークスの俵藤さんに紹介してもらったのが、koikoi furnuture factoryの比嘉さんです。祐天寺にある工房にうかがってお話しして、比嘉さんのやさしい人柄にふれて、一緒に作る事をお願いする事にしました。
ロッキング作品の四角い底枠部分の制作を依頼。
何度も通って相談して試作を作って完成!
フレームは見え方によって何パターンかあり、今も改良を重ねています。
側面の角度をスライスするためにどうするかと悩んでいたのですが、シンプルな方法を思いつき、相談した所できますとの事。
工房には大型の機械が沢山あり、やはりプロは加工の精度が素晴らしい。
私が考えた構造を図面で見てもらって、どう思います?と一緒に相談出来たのでとても安心感がありました。
比嘉さんにしても普段こんなものを作る事は無いわけで変な依頼で困ったと思いますが…。
誰も作っていないものをゼロから作るというのは面白いものです。
 
今回は木について比嘉さんのお話を聞いたり、自分でも毎日削ったり加工してみて木という素材の魅力を感じました。
ステンレスと比べると柔らかく感じて面白い。
余裕ができたらもっといい木も使って作ってみたいと思う。
koikoiさんは本来はオーダー家具や店舗の什器を制作されている工房で、いつもとっても忙しそうです。
いつかkoikoiさんに家の家具を注文したいなぁ〜。と思う今日この頃。
http://www.koikoi-furniture.com/about/
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こどもと旅する美術館

4月から美ケ原高原美術館にて開催される「こどもと旅する美術館」展に出品します。http://www.utsukushi-oam.jp
会期は4月24日から11月25日。開発好明さん、tuperatuperaさんなど、8名の作家による展覧会です。
美ヶ原高原美術館は長野県の美ケ原高原にあり、標高2000メートルの山頂に野外彫刻が点在する美術館。
今年から新しく屋内ギャラリーでも親子で楽しめる現代美術の企画展が始まります。
私は昨年東京都現代美術館で展示して大変好評だった、画像の「楽園/境界」の作品を展示します。
昨年の作品に加えてただいま新作を制作中。

今年は山頂の楽園でイマジネーションの世界に迷い込んでみませんか?

船井 美佐さんの写真
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ワンダフルワールド展 終了しました









船井美佐
タイトル:[楽園/境界]
撮影:木奥恵三
 
中央部分 作品「mountain/motoko」
左壁 円形作品「Hole/桃源郷/境界/絵画/眼底」
右壁 作品「cave/explojion」

協力 ターナー色彩株式会社 アニエス・ベー 
koikoi furnuture factory 株式会社アルク 有限会社スズキ 

 
ご来場いただいた皆様どうもありがとうございました。
そして作品の制作とその運営においてご協力いただいた沢山の方々、どうもありがとうございました。
おかげさまで大盛況のもと、無事に会期を終了する事が出来ました。
私の楽園を形にする事が出来たこと、みなさんとあの空間を共有出来たことを嬉しく思います。
きっと、ここを訪れた子供や大人達の心に残った何かによって新しい未来が紡がれていくと思っています。

MOT NAVI フォトフレーム

おかげさまで、開催中の「ワンダフルワールド」展好評です!
関連して、MOTが作っている「mot navi」というアプリがあるのですが、今回そのためにフォトフレームをデザインさせていただきました。
MOTと地域が提携して活性化のために、清澄白河駅から美術館までの道のりにある深川商店街のお店でスタンプをスキャンして集めると、MOTの企画展のオリジナル壁紙やフレームがダウンロードできるというものです。

ワンダフルワールド展からは、出品作家の私と金澤さんのデザインの2種類の写メフレームがダウンロード出来ます。

ぜひアプリをダウンロードして試してみてください☆
http://motnavi.com/content/index.php
私のデザインしたフレームはこんな感じです。
イマジネーションと現実をつなぐ穴から2次元のイメージが飛び出している様子。
写真を撮ると中央に人が写ります。
flame

楽園/境界 作品について2



私の作品にはウサギがよく出てきます。
前にも書きましたが、
私は自分がずっと取り組んできたなかで、「絵画」というものをイマジネーションと現実をつなぐ「穴」のようなものだと思い、穴にたとえています。
それに対して、ウサギは穴のあちらとこちらをつなぐ、いざなう、行ったり来たりする、「境界者」の象徴として描いています。
私の作品のウサギに見えるものは実際は単なる木の板ですが、この形を見ると大体の人はウサギだと言います。
それは、見る人の脳の中で、かつて自分が見たウサギの形の記憶とこの板の形が合わさって、つながった瞬間に板がウサギに見えます。
その瞬間に、ただの板はウサギに変わり、部屋は楽園に変わります。
それが絵画が発生する瞬間で、わたしはその瞬間に興味があります。
今回の作品では、そのウサギの絵に乗る事が出来ます。木馬のようにまたがって子供がゆらゆらゆれます。いずれ大人サイズも作りたいと思っています。
あくまで私は絵の2次元の世界について追求していて、画家であって、立体は苦手です。私は立体は作る事が出来ないと思っています。これは立体作品ではなく平面の絵に乗ると言うことが大事で、木馬の構造を考える時にも彫刻的な形態にならないように、平面性を強調する形にするのに苦労しました。
揺れるウサギの下の楕円の部分は「穴」です。穴にウサギが出たり入ったりしている絵で、子供が乗るとイマジネーションの世界へ出たり入ったりしていると言うことです。
ウサギは、古来から世界各国でいろいろな民話や神話などに登場します。老若男女誰にでも一目で解りやすい形であり、
人々の身近にいて、イメージをたくしやすい存在なのではないかと思います。
白くて、フワフワしていて、ピョンピョン飛んですばしこくはしり、小さいけどそこそこ大きくて、形が特徴的で。
因幡の白兎や、謡曲の竹生島の波兎、月の影をウサギに見立てたり、兎と亀、西洋でもアリスや、西洋では兎はよく増える事から多産や春の豊穣の象徴となり、プレイボーイでは性欲の象徴。琳派や日本画など伝統的な絵画にも繰り返し描かれているモチーフです。日本では波兎から防火のアイコンとして蔵などの建築にも彫刻され、そのフォルムの洗練が繰り替えさて表現されてきました。
そんなことから私の作品の表現したい事柄とあっているのでウサギを用いています。
他にも、今回は単体としてはバク、ヘビ、などの形があります。それぞれ意味があります。
バクは日本の「獏」で中国から来た文化で神獣と言われており、日本で生まれた民間信仰で悪い夢を食べてくれるという言い伝えがあり、豊臣秀吉も獏の形の枕で寝ていたそうです。よくある神社仏閣の鴨居の白い柱飾りは象や獏の形をかたどっています。人々のイマジネーションから産まれた動物のようで、夢と想像力を象徴するようなモチーフとして面白いと思っています。
ヘビも神様の使いと言われたり、楽園のアダムとイブにリンゴをすすめたり、何か人間にいろいろな物を連想させる形態である事は間違いないようで、気になっています。
そして画像の奥に見える紫のもくもくした形ですが、あれは「海馬」です。
海馬とは脳の中にある器官で、人間の記憶などをつかさどると言われています。
タツノオトシゴによく似た形をしているために、海馬と呼ばれています。
記憶をつかさどる海馬の絵の木馬です。
他にも今回は他の形になりましたが、腎臓や胃袋なども作りたいと思っています。
これらの木馬のような形をした絵画作品は、2次元と3次元、記憶と現実、自然と人工、体の中と外が反転するような、そういう物を作って実際に生命の塊である子供が乗っている所を見たいと言う、それで作品として成立する、そういう意味があります。
その他入口に数点、床に置いてあるカラフルな形は、体の中の臓器の絵です。
五臓六腑というタイトルがついています。
楽園が誰も見たことがないのに頭の中だけにある風景なら、腎臓や膵臓や胃袋もまた自分の中にあるのに死ぬまで見る事のない物で、その事にとても興味があります。日々これらの細胞が動いて循環しているために私達は生きているけれど、日常の中で腎臓の事を感じる事はほぼありません。論理や思索や言論だけで生きているような気になっていますが、腎臓がないと死にますね。
絵のモチーフとして、それを取り出して描いてみたいという気になりました。
中央の大きなピンクの山「mountain/motoko」は、それらがすべて合わさったイメージで生命の塊のような形をしています。
森羅万象のうごめく塊というイメージです。楽園を象徴する山です。
その中にもぐりこみたい、なんなら一回死にたい、そしてそこから飛び出る事で、本来の生の感覚を取り戻してもう一度あたらしい明日へ向かいたい。
「楽園/境界」とは、楽園と現実の境界を体感して考える、そういう作品です。

過去の作品1

先日のMOTでのアーティストトーク用に久しぶりに過去の作品画像を引っ張りだして見ました。
形を進化させていますが結局私がやっている事はずっと一貫していて同じ事なんだなぁとあらためて思います。
2004〜2007年のウォールペインティングの作品と、2010年〜最近の鏡のシリーズ、そして今回の色の平面の乗れる絵画のシリーズも、形は違えど全て同じ事をやっていて共通のコンセプトをあらわしています。
2005年の作品 「メタモルフォーゼと須弥山」

四条烏丸coconにあった京都精華大学ギャラリーshin-biでの個展。
もうこの作品から10年です。

描かれている絵は、インプロビゼーション(即興)で、筆を持って白い壁に向かい無意識の底から浮かんでくる形態を拾い集めてなぞっていき、出来上がった絵です。
ひとつ線を引いて、それに対してのコンポジションでまた線を引き、線と線をつないでいって最終的にこういうかたちになっています。
この線のシリーズをはじめた当初は、具象の絵から形やマチエールや陰影などの蓄積された要素を徐々に省いていって今の自分の中で一番必要な要素だけを残す事から始まり、もっと何かわからない有機的な線だけの抽象的な絵からスタートしましたが、回を重ねるごとに、白地に線だけになり形はまた何か具体的なイメージを持つものになっていきました。それはそういったこれまでの具象絵画や抽象表現主義の絵画に対する概視感から、別な方向を見てみたいという自分の中での美術的反動があったと思います。
普通、絵は紙やパネルに描いて展示室の壁にかけて展示し、鑑賞者はその絵を見ます。
この私の作品の場合は、展示空間の壁全体に直接描かれています。展示空間そのものが支持体のキャンバスとなっています。
鑑賞者の立っている床から一続きになっている現実の壁が、絵の中になっています。
私が深層意識の記憶の底から救い上げたイメージの集積は、何か意味を持つのかもしれない、何を描くかと言うことに対してニュートラルになる事によって究極的なイメージが現れるかもしれないと思っていました。
そして描いたその空間に身を委ねたい。現実と意識の間をゆらぐようなそんな体験がしたい。絵を描いているときはまさに感覚と動きだけの世界で、そのようなあちらとこちらをゆらぐ体験をしているのですが、現実と絵画の中との境界を曖昧にする事によって、見る人にも同じような場として絵画を体験してもらえるのではないかと思い、壁に描いていました。また、目に見える世界を全部絵の中にしてしまいたいという気持ちがありました。私は普段生活していても普通の景色の中にイメージが重なって動くのが見えるときがあるのですが、実際に他の人にも見えるように現実と想像が混ざるようなそういう空間を作ってみたいという気持ちがありました。

 




乳幼児と展覧会


子供達のパワーはすごいもので、嵐の跡のようで、休館日にメンテナンスをしました。
作品の色を塗り直し、調整していた作品も入れ変えて、少し新しい構成になりました。
毎日たくさんの方にご来場いただいていて、週末の来場者は一日で1700人に達し、平日でも1000人近い来場があるそうで、みなさまどうもありがとうございます。
しかしそれだけ、他にこういった場が無く、子供と美術を楽しむと言うことにニーズがあるのだなと思います。
今回は特に、小学生よりも小さいお子さんとその親御さんを想定して構成されています。小学生になると色々と体験出来る場は多いですが、それまでの乳幼児とアートに触れる場というのはほぼありません。
私自身、子供ができてからここ4年くらい美術展に行けなくなりました。小さい子供はどうしてもつまらなければぐずるし、面白ければさわりたいし、喜ぶと声を出したりしてしまうので、途中でかついで出たり(出されたり)、さわっちゃダメ!声を出すな!動くな!と鬼の形相で子供を怒鳴り続ける事になったり、、、という悲しい経験が積み重なり、行くのは無理だなと。しかし、子供が行ってはけない場所と言うことは子供がいる親も行けないと言うことで、落ち着いて言う事が聞ける小学生になるまで6年くらいはかかりますから、それまで女は子供ができたら美術館に行く事もできないのかと悲しい気持ちになったりしました。美術館だけじゃなく外食とか電車とか図書館とか、今まで普通に暮らしていた中で、非常にたくさん出かけるのが不可能な場所が生じます。昨年、乙武さんがレストランの車いすの件で話題になりましたが、あのときはかなり共感しました。
美術って、、、赤ちゃん連れで見られる美術展があっても良いんじゃないのか? もっと出来ることはあるし、あるべきなんじゃないのかと思うようになりました。世の中一部の大人のルールで動いているけれど、みんな元々は子供だったのに、そういう原始的なものや定形外のものを排除しているけれど、人間の生き方としてそれでいいのかな?と思う事も多くありました。
そんな子育て中の女としてのトラウマもあって、今度は私は絶対に触ってもいい絵画作品を作ってやると思っていたところへ、この展覧会の依頼が来て、今回の作品を作りました。
子供を楽しませるための作品というわけではなく、クオリティは通常の大人向けの美術展と同じで、それを子供のいる人や小さい子もみな他の人と同じように安心して自然体で美術を楽しめる空間にしたかったのです。
もちろん、通常は美術館で作品をさわると言うことは絶対的なタブーで、文化財産の作品を最もベストな状態で保存してアーカイブして共有するというのが美術館の目的ですから、汚れたから塗り直すなんてありえない事ですが、今回は私の部屋だけは特別に塗り直しする事を前提でインスタレーションを作りました。死んだ作家は無理ですが私はまだ生きているので会期中に塗り直しに行きます。そのぶんみんなにこの体験を共有してもらいたいと思います。
また、私の作品はもともと表面がステンレスなので少し触れてしまったくらいなら拭けばきれいになりますし、もともと見る人を作品空間に取り込むというコンセプトで、さらにずっと前から平面性を際立たせるために単色で均一な画面に仕上げる作風なので塗り直しやすく、ちょうど適していたと言えます。鏡のシリーズの前は、即興で壁に描いた絵を会期終了したら消すという作品を作っていましたしね。
それでも、この形に仕上げるまでは本当に大変でした。
通常は美術品は自立していれば展示出来ます。監視の人の声かけを無視して作品によじ登る人なんていませんが、今回はそういうお客さんばかりなので、自立する形態からしてかなり試行錯誤しました。
それでも集団のパワーは想像を絶する勢いで、壊れないかドキドキ、ビックリしていますが。笑  
みなさんお手柔らかに鑑賞してくださいね。あくまで美術作品で、さわってもいい「絵」なので、遊園地ではありません。
守れるルールは守って事故の無いように、壊さないように、作品世界を楽しんでください。
床置きの作品は乗ったり入ったりする事が出来ます。壁面の作品にはお手を触れないように。
とても素敵で、なんだろうこれと赤ちゃんがぺたぺた触ってしまう…そういう素晴らしい体験は、今回は解放してみたいと思います。
ルールの線引きが難しく、監視のスタッフの方や運営の方もいつもと根本的に違って本当に大変だと思いますが、来た人が少しでも楽しめるようにいろいろと工夫して対応してくださっています。
いろいろ難しい事や大変な事もあると思いますが、やはり子供が美術展に来るのは無理だダメだというのではなく、子供も親も運営側も作家も美術展というものの在り方に対して経験を積んでいくことで、これから社会的な広がりや精神的な豊さが生まれるのではないかな。学芸員さんも私も、まずそのはじめの一歩と思っています。
お手柔らかに、温かい目で見守ってください。笑

ワンダフルワールド展「楽園/境界」作品について


「ワンダフルワールド こどものわくわくいっしょにたのしもうみるはなすそして発見!の美術展」
http://www.mot-art-museum.jp/exhibition/wonderfulworld.htmlhttp://www.mot-art-museum.jp/exhibition/wonderfulworld.html
5人の現代美術作家による展覧会。
子供も一緒に美術を楽しめるというテーマで企画された、美術館としても新たなチャレンジの展覧会です。
それとは別に、純粋に美術作品としてもそれぞれの作家が新作を出していて、日頃の制作が大きな形で展開された展示となっています。
この二つを叶えるのはかなりの至難の業ですが、学芸員の山本雅美さんの努力によって実現しました。
 
写真は私の展示室のようすです。
これまでの私の制作が集大成的に集まった空間となっています。
この作品は遊具の形をしていますが今回の子供展のために考えたわけではなく、長年個展でもずっと作りたかった作品で、今回こういったはまる舞台を用意していただいて初めて大規模に作る事が実現しました。

ホワイトキューブの展示室全体をひとつの大きなキャンバスとしてとらえ、想像のイメージを平面作品によって空間を構成し、そこに見る人が入り込んで、2次元と3次元の間に見る人が迷い込み、子供がそこで遊ぶ姿がひとつになり絵画作品として完成します。
絵の中の世界と絵の外の世界、体の内と外、自然と人工、理想と現実、それらが反転してひとつになること。そんな空間を作りたいと思い作りました。
中央には、大きなピンクの絵があり、中に登ることができ、出口はすべり台になっています。
これは「MOUNTAIN/MOTOKO」というタイトルの作品で、絵画作品です。
私のこの作品は「山(自然)」と「母体」と「絵画体験」を象徴しています。
私はずっと自然と自分の関係性を絵に向かい描いてきました。これまでの作品のタイトルも、Nirvana、須弥山、蓬莱山、moutain、、、楽園/境界。
楽園と言われる風景にはほぼ必ず中央に山があり、「山」は自然観や心の奥の風景の何かを象徴しています。
登山という行為がありますが、何の糧にもならないのに何故人は山に登るのか?
すべり台も世界中の公園に当たり前のようにありますが、ただ登って滑る装置がなぜこのようにあちこちにあるのか?
すべり台も山も、登って降りる。登って降りる。何故人は登って降りたがるのか?
何か人間の根本的な生きる欲求と言うか深層心理を現しているのではないか。
生と死の境目、あちらとこちらの間。
あちらとこちらを行き来して人間は産まれてくる。
絵を描くと言うこともそのように原始とつながるための行為です。
そういう意味で、絵画とは内と外をつなぐ「穴」のようなものだと思っています。
またこの作品は私の胎内回帰願望を形にしたものとも言えます。
日本にはあちこちに山岳信仰や、胎内巡りなどの文化があり、そういった場所や遺跡が残されています。
自然に分け入って境界の世界を感じ取り、再生する、生を見つめ直すという意味があります。
穴をくぐってよじ登り、暗い所を通って降りてくる。
上部の黒い部屋には覗き穴があり、穴をのぞくとこれまでに私が描いてきた絵が見えます。それは私が原始とつながり、イメージの奥底をすくい取る行為を通して形に現してきた絵です。
そして一部の穴はこの絵の外の景色(入口で見た「Cave/Explojion」)が見えます。
鏡の作品と同じく、このピンクの絵は内部で絵を展示する空間と絵と見る人が入れ子の構造になっています。
この作品は絵の中に入りすべり台を滑り降りる事によって、自分の内なる自然と向き合い、原始を取り戻して再生する。
そういう装置です。

3歳までの子供は感覚が曖昧で、野性的で、弱くて、生と死の境目にいる、まさに原始の塊です。
それを縛り付けて清潔や善悪や言葉や社会性や常識を身につけて大人になって行きます。
この作品は、その原始だった自分に戻るためのすべり台です。
むしろ子供より大人に滑ってほしいと思って作りました。
だから、子供と一緒に来たママや1人で見に来てくださった大人の方は遠慮なく滑ってくださいね。
この作品は3歳以上としていますが、作品のコンセプトとしても赤ちゃんはそんな装置滑らなくてもそのまままだ生と死の境目にいる原始の塊ですので、滑る必要はないと思っています。

タイトルにある「MOUNTAIN」はそんな山や自然や森羅万象を象徴している事を現しています。
「MOTOKO」というのは、ニキドサンファールのhonという作品が好きで自分が作りたいものと共通性を感じていて、今回ついに作る事ができたこの作品には同じように女性の名前をつけたいなと思っていて、東京都現代美術館の「MOT」の女体ということとでMOT子。さらに元子、素子、すべてのうまれでるみなもとという意味で「MOTOKO」と付けました。そして私の母の名前ももと子なのです。
母へのオマージュであると共に、母になった自分の自画像でもあります。同じように今回の子供展では子供を連れたママ達がたくさん来られていると思いますがその人達の像でもありますし、すべてのおじさんのお母さん達の像でもあります。

これは私が今までペィンティングで描いてきた世界と同じものを表しています。
それらの壁に描いた作品は、展示が終わると消してきましたが、
すべり台作品の真っ黒な上部空間に、覗き穴があり、それを覗くと過去の作品が見えるようになっています。
外が見える穴もあり、展示室と作品、内と外が反転しています。

壁面にはこれまでの鏡のシリーズの作品が集大成的に展開されています。
一番奥の空間には、鏡の「楽園/境界」作品シリーズを初めて制作した記念碑的な作品である、2010年のVOCA出品作「Hole/桃源郷/絵画/眼底」が展示されています。
入口から壁面を一周している鏡の作品は、この展覧会のために作った新作で、「Cave/Explojion(洞窟/爆発)」というタイトルです。
洞窟の入口(人類最初の絵が発見されたスペインのアルタミラ周辺の洞窟)、伝承上の楽園風景、
福島第一原発の爆発の雲と広島と長崎の原爆のキノコ雲、子宮、自然の動植物、それらをスケッチして
ネガとポジが反転しながらひとつのイメージとなって描かれました。
そこから羽ばたく鳥たちが楽園風景を描き展示室を一周して空間を作っています。
生きていると現実には失望や不安や絶望だらけです。
だからこそ人は生命の生きる力として、イメージする力を持っているのではないかと思います。
イマジネーションによって希望の景色をつむぎたい、理想と現実がひとつになった空想の楽園の空間に入り込み、それを見た人の中になにか明日への希望が産まれるようなものが作りたい。そう思って作っています
全ての人がかつては細胞の塊で赤ちゃんで子供だったはずですが、私達はそれをすっかり忘れて理路整然と人工のルールの中で生きています。都会の生活の中では生きていると言うことも特に感じないようにすら思います。しかし理路整然としているつもりでも人間は完璧なコンピューターではありません、体の中では日々細胞が産まれて消えて、忘れたり、気持ちよくなったり、嫉妬したり、嬉しくなったり、おなかがすいたり、欲望や甘えや寂しさや、そういう事に左右されて動いている。確実性のない揺らぎのある自然の一部の生物です。3.11を経てより一層、いま私達はそういう事を思い出すことが大切なのじゃないかと思っています。
子供の視点に立ち返る事でいつもの世界がワンダフルワールドとして現れる。

ぜひ皆様ご高覧下さい。