桜とヒカリゴケ

家の前の桜が満開です。

先日休みの日にお出かけしてきました。
代々木公園でも六本木ミッドタウンでもなく、ずっと行ってみたかった「埼玉」へ。

20年前のガイドブックを片手に、
吉見百穴という遺跡へ行ってきました。

埼玉は古墳の宝庫なのです。

吉見百穴はこんなところ


いろんな意味ですごいところだった・・・。
昔はコロポックルの住居跡と言われていたそうで、後に古墳時代後期の墳墓と判明、ヒカリゴケの生息地としても有名。「ひかりごけ」と言えば、武田泰淳の小説で有名ですが、初めて実物を見ました。
第二次大戦中には地下軍需工場として使われていたため一階部分は広く深く掘り進められています。ちなみに前の売店で若槻千夏ちゃんご来店大絶賛ねぎみそせんべい買って帰りましたがおいしかったです。

さらに!この近くに「岩窟ホテル」という、吉見百穴にインスパイアされたおじさんが一人で掘ったという、B級いや、ウルトラA級スポットがあります。
感動した。

洞窟古墳ヒカリゴケコロポックル混浴温泉胎内巡り・・・と、この辺りはどストライクなディープスポットが恐いくらいに集まっていて、ほんとうに行ってよかった。

(ちなみに、タクシーの運ちゃんが口ごもるくらい混浴温泉はのぞきのメッカらしいので入ってないです。興味のある方はどうぞ・・・。)



発育

3月の初めに伊豆のほうにドライブに行った。
道の駅でたくさんつぼみの付いた美しくて大きい梅の枝を買った。
家に帰って花瓶に生けると、毎日つぎつぎとつぼみはほころんでたくさんの花が咲いた。
そうして鑑賞していたのだけれど、花を置いているテーブルに茶色いつぶつぶが毎日落ちてくる。
ある日フト見るとつぶつぶと一緒に青虫が落ちていた。
つぶつぶは虫のうんこだったらしい。梅の木についているみたい。
他にもいるだろうと枝を見て探してもどこにいるのかわからない。次の日見るとまた落ちていた。
はじめは捨てていたけど梅が満開になるほど毎日湧き出て来てテーブルに落ちて、ティッシュに包んで捨てる時くねくねしてひ弱く、よく見ると意外とさらっとしているので触ってみるとフニフニすべすべしており、かわいかったので、飼うことにした。
2匹みつくろって「ぐり」と「ぐら」と名付けた。
ぐりとぐらは有名な児童絵本に出てくるネズミですが、先日デトロイドメタルシティーを見てデスメタルの女社長が凶暴な2匹のドーベルマンにぐりとぐらって名前をつけているのをセンスいいと思ったので真似しました。(※いい映画です。少林サッカーと同じくらい泣きました。)
エサは梅の花なのでたくさんあるし。小さなタッパーにティッシュをひいて2ひきの虫を入れ、毎日すこしづつ梅の花びらを入れた。他は処分した。

だんだん大きくなる。小さいので変化がわかりやすい。食べるとすぐその分大きくなるのでおもしろい。
梅が咲き尽くして枯れてしまってから、葉っぱをやってみたけど食べない。
同じく伊豆からとってきた椿の花びらをやると、これは食べるらしい。

というわけでいま芋虫を飼っています。
帰ったらすぐタッパーを開けて様子をみます。なでるとふんわりしている。毎日帰りに何か花を摘んで帰ります。
携帯をおとして何が悲しいかと言ったらぐりとぐらの成長記録の画像がなくなった事が一番痛いです。







上野の森美術館に用事があって行ってきた。
上野公園に行ったら花見ですごいひとだった。
桜はまだつぼみが多いけど、もう春だなぁ。

前から行きたかった根津にある得応軒という日本画画材店に行った。
東京でなかなかいい筆が見つからなかったのだけどここのはとても良さそう。
いつもは私は京都の彩雲堂と放光堂というところで筆を買います。
そこのでないとダメ。
東洋絵画では線の種類だけ筆の種類があり、引き分けます。
油絵でも筆の種類はあるけれど、両方使ってみるとブラシの文化と筆の文化は根本的な意味が違うのを感じる。
私は、決められた画材ありきの表現やジャンルのあり方を疑問視しているので、使う画材の種類はこだわらないですが、表現に適したいい物にはこだわります。
均一で繊細な線を引くのは、断然日本の筆が優れている。
画材に関してはいろいろ面白い話があるのでまた詳しく書きます。

図録の写真が作品の色が全然違うので写真を取り直しました。
写真は照明のタングステン光のせいでかなり赤くなっていますが実物はもっと青っぽいです。
いつも私の作品は白くて、細い線描が淡い色だったり、さらには支持体自体が透明だったりするので写真に写りにくいです。
何もないのと現れてくるのの間の世界を描きたいのでしょうがない。
白はニュートラルでゼロの空間を扱えるかわりに写真では場の光線をそのまま反映してしまうので白くは写らないし、よく使うピンクも紫も中間色で、とけ込むようなうっすら現れるような効果をもたらすけれどこれもそのかわり光の反映を受けやすくて不安定な色。人の目ほど多面的にデリケートな機微を感じ取れる機能はカメラにはないのだ。
前は写真を見るたびにがっかりしていたけど最近はあまりに写らないので、これは夢と同じなのだと思うことにした。
ぜひ生で見て体感してください。
明日までです。

箱のなかみ

しいたけ農園久々に買いました。
http://www.rakuten.co.jp/drmori1/
セールになってたので。しいたけえりんぎしめじの3セット。
箱を開けると、ギャァァァァーびっしり!!

開けるのが遅れたため袋の中でもう育っている・・・。
急いでチョキチョキ。

かわいい。
ちょ、ちょっと説明書とようすが違うけど・・・。
きっと大丈夫・・・。

これから育てます。楽しみ。



音信不通

でんわをうしないました。
おおお。

連絡くれている人すみません。
しばらく音信不通です。PCに連絡ください。

実はパソコンが変わったせいで住所情報も開けなくなっていて
最近に名刺もらってる人しかDMとか送れていません。
住所録がウィンドウズソフトだったため。
なんとかMACと互換性のあるソフトは無いものかと探したんですけど
MACって住所録ソフトほぼないんですねー。そんなばかな・・・。
プロバイダーとも相性が悪いようで受信メールが保存されないで消えるし
MACのあほ。買って3ヶ月でつぶれるし、MACに変えてなに一ついい事無いです。
オシャレ気分を味わえる事くらいでしょうか。このハッタリ野郎!
ほんとダサイけど価格とスペック考えたらdellにすればよかった。
いまは24inchの大画面がまぶしすぎるのでサングラスをかけています。
パソコンと男と似ていると思うのは私だけやろか?

というわけで連絡が途絶えている人はメールください。

あと、HPのメールフォームのメールが送れないと言われました。
mailtoというのを消して送れば送信できますのでとりあえずそれでよろしくです。
さらに去年の春も一時期メールフォームのメールが届かないことがあったみたいで
その時期に連絡くれてて返事のなかった方すみません。
こりずに連絡くださいにゃ。

しかし携帯がないといつ会えるかわからない。

誰とも連絡が取れないというのはけっこう好きなんで
しばらくコネクトしない浮遊感を楽しもうと思います。


絵画

シンポジウムでは絵画の力とはというテーマで議論が進んでいた。
わたしは「救済」だと思う。
社会は救えないけど絵画とは人の精神そのものなんだ。

わたしにとって絵画は自由になるためのもので、遠く、高く、深いところに連れて行ってくれるもの。
審査員から作家になるにはみたいなのんきな発言もあったけど、作家というのは先天的に作家なんだと思う。
誰にも評価されなくても、描くなと言われてもこっそり描いてしまうような人だけが自然と作家になる。
みんな背負ってる物があるのだ。でないとこんな無益な大変なこと続かないよ。
わたしだってこんなつらくてしんどいこともうやめたいと思うけどいつまでたってもやめられない。また作りたくなってしまう。もっと深いところへ行けるような気がして。
重い病気みたいなものだ。

お金持ちになって家とか車とか買いたいなら絵なんて描かずに就職して普通に働いた方がずっといい。
でもそれでも意味があるのは、追求するべきは個人の利益じゃなくて、社会や歴史を反映した人の営みそのものの財産なのだから。

絵画というのは人の精神そのもの。
優劣がある物じゃない。歴史的に意味があるものないものというのはあるし、技巧が上手い下手、思想があるものや無いもの、綺麗なものや恐いもの。価格や評価って言うのはその時代の多数派の人々の動きに左右される。見る人にとっては好き嫌いが生じるがそれは当然で、味わわれるべきこと。それらがすべて相対しているかというと、別の問題だ。
画家が百人居たら百通りの精神がある。
見る時、わたしはそれをひっくるめて楽しみたいと思う。

立派な肩書きの大の大人が集まって、崇高な理想論を、ああ思う、こう思うと繰り広げていて、アートの世界ってピュアだなぁと思って少し幸せな気持ちになった。

発芽


VOCA展始まっています。
ぜひご高覧下さい。
オープニングのシンポジウムではいろいろと思うところがあった。
久々にいろんな人と会えてよかった。
今回のvocaは面白いんじゃないかな。設営終わって展示室を見回して美しいなと思った。
作品について、感想、改めて書きます。

苺
個展中、京都の家にコレクターさんから箱詰めの苺が2ケースも届いていた。
ありがとう。
おいしくいただく。その前にじーっと見る。すばらしくうつくしく立派なかたち。
先日、友達に右京にある「こうりん」という鑑賞魚の店に連れてってもらった。こうりんというと「光琳」って思い浮かべてしまうけど「光鱗」。ひかるうろこと書く。いい名前。
そこでは鯉や金魚や熱帯魚などいろんな観賞魚が売っていて、水族館に居るようなのが大体買えるような感じ。
ランチュウなんかすごいのがいた。ランチュウは蘭と羊と同じくここのところずっと気になっているモチーフ。中国で鑑賞用に奇形に奇形を重ねて作られた魚。頭がでかいほどいいらしい。泳ぐ機能なんか重視されてないのでヒレより体が大きいものだから体を振ってぷりぷりさせて泳いでいる。肉ののよう。
その中でも忘れられなくなったのが「ピンポンパール」という種類で、どうみても寸足らずなのだけど生きている。小ぶりで丸っこい。たくさんぷりぷりぷりぷり泳いでいた。かわいい。
それがまるで苺。苺が水槽の中で動いているのかと思った。
ピンポンパールってこんな味かなと思いながらイチゴを食べた。

らんちゅう


かじる
ピンポンパール

さて3月になって東京に戻ってきました。
東京なのにこの辺は区民農園なんかがあってやたらと八百屋が多くて農家の雰囲気の残るところで、人口は確実に京都より多いのに何かこう田舎にやって来たという感じがする。
きっと江戸時代は川越城まで何も無いところだったんだろうなぁ。
東京って東北文化圏なんだよなーと、改めて八百屋に並ぶいろいろな山菜をみて関西との食文化の違いを思う。うるいって何? 近所で知り合うおじいさんおばあさんの出身地を聞くと福島とか岩手とか。京都で東北地域の人と知り合う事ってほぼ無かったからめずらしい。広島とか九州人は多いけど。そしてそういう東北人の孫はサラッとした東京っ子。そういえば、石橋貴明と稲垣吾郎と柴咲コウの出身地区なんだって。
東京のノリって江戸っ子だけじゃなくてすごく東北の気質がある気がする。まじめだし。
文化というのはゆるやかに融合して発展して行くのだ。

昨日は自分へのたんじょうびプレゼントを開けた。
ネットで注文して届いたままvocaのオープニングやなんやで人と会ったりしていたのですっかり忘れていた。
育って大変なことになっていた。
続きはのちほど写真付きで・・・。

はこ

泡々

展示ですが、
土曜に違うバージョンのDVDに変えました。
構成が少し違っていてシンプルな音が入っています。
初日はライブがメインでしたので、
イメージをニュートラルにするため、音なしバージョンでした。
2回目に行く人は違いを楽しんでみて下さい。

それにしても先週はすごくあたふたした一週間だった。
ギャラリーの展示にライブに偉大なるゲストにお客さんにペィンティングに映像に。
てんぱってくるとむやみにアワアワとなる。
イベントの日は同居人も駆けつけてくれたが
わたしのかなり上を行く天然なのでそちらの方が心配であった。
むかし占い師にあなたの考えている事は90パーセントは普通考えなくてもいい事です
といわれてなるほどと思ったぐらい四六時中いろんな事を考えてしまうのだけど、
maxに達すると言葉が追いつかなくなりアワアワしてしまうのです。
というわけで先週は半年分くらいの泡の中にいた。

15時間ぐらい寝て復活しました。

いまホームページを作っています。
長らく放置プレイだった上に、
ウィンドウズさんが死んでしまって
ホームページビルダーさんにアクセスできなくなり、
全く更新できなくなっているのですが、
プロの方に手伝っていただける事になりました。

これを機に作品ポートフォリオをアーカイヴにまとめようと思います。
資料をくれと言われる事が多いのですが、そのたびに資料を作って、送ったと思ったらまた資料が必要で、昨年は毎月資料作ってたような気がします。作家じゃなくてファイル職人かよと思うほど。わたしは画像を同じ大きさにそろえたりデータをまとめたりといった作業が苦手で苦痛でしょうがない。そろそろ誰かにやってもらいたい。
しかしウェブにまとめれば、いちいち作らなくてもいいし、外国にも紙を送らなくてもすむし、便利。
ありがちなことに、創ることにはアドレナリンが出るけど、終わったあとはあまり興味わかないのですよね・・・。でも、大事なことですね。
振り返ってみてみよう。

3月半ばにはUP出来る予定ですのでお楽しみに。

絵のむこう側

ライブイベント、たいへん盛況のもと終了しました。

ご来場いただいた方々ありがとうございました。

こういった場を持てたのも全部shin-biのスタッフの方や皆様のおかげです。

ひとりになったあと、眠れませんでした。

すばらしく、スケールの大きい音で、やりとりするうちに、

イメージの境界のむこう側、私の次のビジョンが見えた気がします。


また整理したら画像載せます。

今日撤去に改めて絵を見たところ、わるくないなと思いました。



おすすめイベントのおしらせ。
一日明けて、今日2月8日は人のイベントを見におでかけしてきます。

お昼は五条楽園の歌舞練場に舞踏を見に行きます。
京都の遊郭跡というすごい場所での公演。
建築空間とダンスのコラボもおもしろいらしい。
http://johokan.kyoto-seika.ac.jp/index.php?fromkyoto%2F2009-01-30%2Fothers%2F0

夜は京都の老舗clubメトロにライブ見に行きます。
shin-biのテクニカルスタッフYくんのバンドが出るとのことで、
ツインドラムにツインギターとかなりよさげ!皆さん行きましょう。
http://www.metro.ne.jp/
6:00からって早いね。メトロは最近ライブイベントに力入れてるんですね。
懐かしい。昔週3くらい行ってた時期がありました。
私が学生のときはブレイク前夜のモンドグロッソにグルービジョンズにとアシッドジャズ全盛期で、ちょっとおしゃれな子に「音楽は何聞くの?」と聞いたら、猫も杓子も「アシッドジャズとか〜」と答えたものですが、今やアシッドジャズという言葉も無くなりましたね。
10年後はどうなるのだろうか。
みなさん新しい音を聞きに行きましょう。

いろんなひとがおもうがままにいろんなことやってる。
山本さんも無法地帯やと言うてはりましたが
京都は相変わらずおもしろいです。

先日ニュースを見てたら、NPOが作った派遣村で年越しした人達のインタビューが流れてたんだけど、「このような試みはどうですか?」というレポーターの質問に、一人のおっさんが笑顔で「いや〜こういうのがあって、、、サイッコーに、生きのびました。ありがとう☆」って言っていた。「最高に生き延びた」ってすごいな。一体どういう状況?「すこし」とか、「だいぶ」とか、「かろうじて」じゃなくて?
今度からわたしも世話になった人に会ったら「おかげさまで最高に生き延びました」って言うことにしようと思った。ほんとに。

制作はだいぶ進んできましたが、まだまだ。

今日はPC作業は小休止。
タブローの仕上げ中。
ほかにもいろいろやりたい作品があって浮き立つ。

注文を受けている小さなサイズのドローイングを試す。
どうだろう。
10枚くらいボツにして5枚くらい良いのが出来た。
日によってすべてが歴史的に良いときと全然だめでゴミなときがある。
そして「あの人のために」と思って描くと、良いときと悪いときとある。
勝手に出て来るものの方がいいかもしれない。
というか、合わせてひっぱりださないでニュートラルに必然で生まれたものでないとダメだ。
必然を自在に呼び起こす鍛錬をしてないと、疑似恋愛まではできるけど、つまらない。

ところで週末に、なんとついに理想的な物件が見つかった!
内見も済ませ、いよいよ契約?ってとこまできたんだけど、
なんか上の階が音楽業者らしく、夜に爆音で作業をするがそれでもいいかどうか、音の反響を一度確認してくれとのこと。
そんなのありすか???
明日不動産屋さんと一緒に音を聞きに行く。
そういえば廊下にグラフティのタグがたくさんあったのでヒップホップな兄ちゃんぽい。
チェキラ!な感じでスピーカー担いで出てきたらどんなリアクションしたらいいのだろう。
ポカーンとするしか無い今日この頃。
テルミン奏者とかならいいんだけど。いや、困るか。テレビの電波とか乱れそう。
こわいよー。ドキドキ。