アート

今回他の作家さんは、彫刻家のほかに、パブリックアートの工芸や環境デザインでは有名な方々のようで、あちこちのホテルや公共施設で拝見したことのある作品ばかりでした。私はファインアートの世界しか知らないもので、そう言う世界もあるのかと新鮮な気持ちで見るとともに、アートとデザインの根本的な目的(役割)の違いについても色々と感じ、改めて自分の仕事の目的と意義を再確認しました。デザインは人の要求に応えて人のためにする物ですが、アートは自分の要求に答えてつくる、人間の根源的な欲求の現れです。デザインは世の中の役に立つ物ですが、アートは何の役にも立たない代わりに人間が存在すると言うことの根本と繋がっています。よく、美術は世の中を変えることはできるかと言う議題が討論に上がりますが、私は、デザインは(iphoneなどにも象徴されるように)世の中の在り方を変える力を持っていますが、アートは世の中を変えるようなものではないと思っています。アートは人の営みそのものであり、世の中の縮図なのです。哲学や歴史、人間そのもの、変える変えないと言うことよりそれも含んでただ在る、もっと大きいものです。
だから美術には歴史的価値があるのです。
コンテンポラリーアートにおいてはさらに、だれも見たことが無い物を作る、新しい観点を提供すると言うことも命題の1つです。逆にインテリアでは見たことのなさすぎるものは好まれませんし、誰がその理論を始めに考えたかというオリジナリティは重要ではないようです。それよりも見たことの在る物をベースにしてより社会にフィットする物に作り替えると言うことが重要のようです。また工芸では、観点や独創性よりも技術的手法の練熟度が重要視されます。現代の日本社会において、需要が多いのはデザインや工芸の方ですが、アートは消費と言う1つの価値観や一般の物の見方とは慣れた所に在るからこそ、誰も知らない未来を切り開く役目や記す価値があると言うことです。昨今はボーダレスとなり、それらの要素は共有する部分も多いですが、再重点事項の違いです。この濃度と言うのはデザイナーの中にも在ると思います。人のニーズに的確に応えるというのもデザイナーとしてのプロフェッショナルで尊敬しますが、一流のデザイナーや工芸家はそこに独創的なポリシーがあることにより、やはり作家でありアート的であるといえますね。そこが薄まってしまうとただの物になり芸術としては価値が無いと思います。受注制作の依頼が増えてくると、こうしたことを考えさせられる機会も増えてきます。現実に落とし込んで行く中で、作家は人々の要求を最大限に生かせるように調整しながら、人々が想像し得ないような、作家自身の欲求に従うことが最も大事です。大変なことですが、それが結果的には作品か物かの違いになり、後に長く人々に喜ばれることに繋がると信じます。これからは日本も文化的に成熟してきて、そういう本当の芸術の価値を見極められる時代になって行くと思いますし、そうなって欲しいと思います。
そんなことも孕んで、最近ますます建築家の仕事の在り方にも興味が出てきました。これからいい作品をもっと見て行きたいなと思います。
このところグループ展で大御所の作家に混じっての展示が続いて、色々と勉強になります。

そうそう、同じような話で、美術作家をやっている人はみんなそう言う傾向がありますが、不思議なことに、昔からよく絵を描いているというとプリントのカットとかイラストを頼まれたりするのですが、全く描けません。手本や物を見てそっくりに描くことはさんざん訓練しているので得意なのですが、こうこうこういう感じのカットを描いてと言われても上手くできません。画家は自分の中から出てくる物しか描けないのです。自分でイメージする物は描けても他人のイメージは描けません。奈良美智さんが同じようなことを言っていて、そうだよなと思いました。イラストレーターと言う人は、他人のイメージを具現化すると言う、画家とは全く別の技術を磨いているわけで、すごいなと思います。似ているけど全く違う仕事です。
そして、そっくりに描くと言うことと、絵を描くと言うことも別なのです。

東京での展示

 関西での展示に続き、作品の東京での展示のお知らせです。

パブリックアートを専門に手がける株式会社織絵にて
創立三十周年を記念し、取り扱い作家の作品展が行われます。

青山の外苑前にあるオリエアートギャラリーにて。
「オリエ30周年記念展」
http://www.orie.co.jp/map/index.html
前期と後期に別れていて、私は後期の16日からのPart鵺の方に出品します。
2012年10月16日(火)〜31(水)
10:00〜18:00 日休
最終日は17:00まで。

織絵さんにはvocaを見て声をかけていただき、私の初のパブリックアートとなった、岐阜の東海中央病院のアートワーク「View」の時からお世話になっています。
現在も大きなプロジェクトが進行中・・・。
年明けには完成する予定なのでまたお知らせます。



言葉と美術が繋ぐもの

  

夢の彼方へ paradise/boundary  2012 misa funai art work

展示の様子。右に見えるのは村岡三郎先生の出品作品です。むかし美術手帳の表紙になった十円玉をこすりあわせて柄を無くした作品。
左に見えるのは中原佑介氏がコミッショナーを務めた1970年の東京ビエンナーレ「人間と物質」展のポスターです。アンデパンダンを経て、日本の現代美術はここから始まったと言っても過言ではないのではないでしょうか。その他にも、ギャラリーの方が集められた書籍や直筆の原稿などの色々な貴重な資料も閲覧することができます。

中央の鏡によるインスタレーションが私の作品です。鏡によって楽園のイメージを描いています。楽園は誰もが知っているけれど、誰も行った事が無い、頭の中だけにある究極の風景のイメージを象徴しています。そしてそれは、人がなぜ絵を描くのかということと関係しています。
ギャラリーの空間全体をキャンバスとしてとらえるので、搬入の際にはその場で場所に合わせて配置して空間を作っていきます。そのため絵画と展示空間の境界が無いような広がりが生まれます。これは私の作品にとって重要な部分で、壁画シリーズの頃やそのもっと前から共通している在り方です。
見る者は立っている空間もろとも2次元の形態に描かれた鏡の中に映り込み、2次元と3次元、現実とイマジネーションの世界を交差します。展示空間の壁面やキャンバスのフレームを突き抜けて、絵画(深層的イメージ)の中に身を置く脳内と現実が反転するような、空間が生まれます。それが私がずっとやってきたこ、とであり、飛び込みたい世界であります。この解放されて行く在り方と言うのは改めて考えてみると中原佑介の思索と極めてリンクしていると思います。だから私の作品を選んでくれたのでしょう。しかし、またそれらの財産を内包すると共に、さらなる時代の反動としていくこと、ミニマリスムやコンセプチュアリズムに敬意を払うと同時にそれらが扱わなかったイメージの発生について表現すること、物質を越えて非物質について考えること、それが私の仕事であると思っています。


神戸元町のギャラリーヤマキファインアートにて9月22日まで展示中です。
 詳細はこちら http://www.gyfa.co.jp/




展示のお知らせ

 8月22日より、神戸元町のギャラリー ヤマキファインアートにて開催される展覧会に出品します。

美術と言葉がつなぐもの〜中原祐介へのオマージュ〜展


昨年3月に亡くなった美術評論家の中原祐介氏へ、生前交流のあった関係作家によるオマージュ展です。

ぜひご高覧ください。

私は、鏡による絵画インスタレーションのシリーズの、新作を作りました。

自分の作品を語る上で、振り返るとやはり中原祐介の生きた時代やその言葉は、現代美術そのもので、私の中に根幹の一部となって存在している事を感じます。その言葉によって、アートというどこまでも広く高く自由な知の探求への空に、私の精神は解放されたと言っても過言ではありません。それを糧にし次代の反動として私の作品は形成されていると言えます。

8月22日は中原先生の誕生日です。
かつて関口芸術基金絵画大賞展という現代絵画のコンクールがあり、
私は2002年、中原祐介が審査員の年に大賞を受賞し、副賞として与えられた6ヶ月間の美術研修によってNYへ旅立ちました。NYでは到着後の一週間の間、先生とともに各地の美術館やギャラリーを見て歩きました。それ以降、先生には可愛がってもらい、展覧会の案内を送ると電話がかかってきて、怒られるのかなと恐る恐る電話を取ると「船井くん、すごくいいから このままもっとどんどんやりなさい。」といつも優しく激励していただきました。
その後、兵庫県立近代美術館の館長に就任されてから、8月22日には毎年神戸で交流の深い関西在住の作家が集まって誕生会があり、そうそうたる先生方の中なぜか私も呼んでいただいて、恐縮ですがいろいろと勉強させていただきました。今回の展覧会はそのときのメンバーでヤマキファインアートの山木さんによる企画です。
一昨年の8月が最後となりました。その年私は東京で子供を妊娠していて、予定日がちょうど8月22日でした。最後の誕生会に会う事はできませんでした。中原祐介という人は本当に特殊な存在で、先生のように強く賢い人を見た事がありません。科学者のように頭脳が明晰で、獅子のようにプライドが高く、作家以上にエキセントリックなところがあり、信念に対して全く妥協を許さず、でもエレガントで紳士で、孤高の存在でした。全てを論破する孤高の獅子ゆえにいつも一人で、私はいつも何故か先生から悲しさを感じていました。
先生にとっては私は孫みたいな感じだったのかもしれませんが、私にはいつも優しい先生でした。写真を見ているといまでも先生がいたずらっぽい目で「船井くん」と語りかけてくるような気がします。
何もない無名のときに、中原祐介が私を選んでくれた。それに答えられるようにもっといい作品が作りたい。そう思ってやってきた。
これからも、次の時代を紡ぐべく自分だけの答えを出して行きたいと思う。


うねり

いま、東京で起こっていること・・・。
人々のやりきれない思いが新しいうねりを生み出している。

2012.6.22 報道ステーション
https://www.youtube.com/watch?v=dTuHOAW0DVM&feature=player_embedded

飽食

かわいいあおむし!

小さな山椒の植木鉢の中で、葉っぱを食べつくしてしまった。毎日楽しみに見ていたんだけど、もうこれ以上大きくなれないし、死んじゃうのかな…可哀想に。

今日はなんだか、それが今の日本人みたいに見えた。

夕方見たら、いなくなっていて、葉っぱの無い枝と大量のうんこだけが小さな植木鉢に残っていた。

これでいいのか。どんづまりのいま、日本人は次の形態へ羽化できるのか。

aomusi

原発再稼働


原発事故から一年以上経ちますが、いまだ関東・東北のあちこちに大量の放射性物質が残り、汚染された状態です。おそらく十年後も二十年後もこのままでしょう。
そして、原発を稼働させる体制や、もし事故が起こった時に対応する機関も、まだ一年前と同じ状態です。

津波の後、原発は爆発し、放射性物質は拡散し、その情報はあいまいに隠蔽されました。爆発後の人災によって東日本は甚大な被害を被ったと言えます。ばらまかれた放射性物質によって自然は汚染され、漁業、農業、畜産業、土木建築、食品製造業、観光業、市区町村の行政機関、学校、幼稚園、保育園、企業、あらゆる人々は損害を受け、業務に支障を来たし、健康を未知の領域で脅かされる事になりました。

わかったことは、
原子力発電は他の発電方法と異なり、制御不能のリスクを伴うという事。
事故が起きた後、国民を守る避難管理システムは機能しなかったという事。

そして、これまで原発を推進して動かして来た人々はだれも顔が見えず、責任を取らず、同じ体制のまま、話をごまかしすりかえ、なしくずしに再稼働。
これから我々日本人がどう生きて行けば良いかという議論が的確に行われているとは思えません。おかしいと思いませんか?

日本人は怒らなさすぎる。


http://www.sitesakamoto.com/


sayonaragenpatu

Pleiades


新しいアートワーク完成のお知らせ。

新しく出来た病院の看護学校のための作品が完成しました。

群馬県太田市 太田記念病院 http://www.ota-hosp.or.jp/rebuild/index.html
企画:株式会社タウンアート







太田市は富士重工の大工場がある街でスバルの本拠地として有名な所です。
この病院は富士重工の病院で、全てをリニューアルして移転されました。
私の作品は、病院付属の看護学校の吹き抜けロビーに設置されました。

Art work for Ota hospital. 
Tittle:「Pleiades」



絵の中の空間と絵の外の空間が反転し入り交じり、壁面全体ががキャンバスとなって広がり、空間が構成されます。
鏡面で描かれた二次元の空間に三次元の建築空間が映り込み、
現実の人々や風景は仮想の絵画空間の一部となります。
イマジネーションの世界と現実の世界をつなぐ作品です。

ある物とある物の間をつなぐ(trans)象徴としてウサギの形態が現れます。
ウサギは有機的な生命力の象徴であると共に、イマジネーションの飛躍を表しています。
ここには実際は金属のミラーがあるのみでウサギは居ませんが、人はそこにウサギのイメージを見ます。このことは、私にとって非常に興味深いことです。脳内で、これまでの記憶とこの形態のフォルムが現すウサギがつながったことによって起こる創造のドラマです。

空間全体に広がる星は希望を現し、プレアデス星団(昴)の配置となっています。
またたく星々や羽ばたいて外へ飛び立って行く鳥達は学生達を象徴しています。

ここでくつろぐ皆さんのインスピレーションが刺激され、命のための、良き学びのスペースとなることを祈ります。