過去の作品1

先日のMOTでのアーティストトーク用に久しぶりに過去の作品画像を引っ張りだして見ました。
形を進化させていますが結局私がやっている事はずっと一貫していて同じ事なんだなぁとあらためて思います。
2004〜2007年のウォールペインティングの作品と、2010年〜最近の鏡のシリーズ、そして今回の色の平面の乗れる絵画のシリーズも、形は違えど全て同じ事をやっていて共通のコンセプトをあらわしています。
2005年の作品 「メタモルフォーゼと須弥山」

四条烏丸coconにあった京都精華大学ギャラリーshin-biでの個展。
もうこの作品から10年です。

描かれている絵は、インプロビゼーション(即興)で、筆を持って白い壁に向かい無意識の底から浮かんでくる形態を拾い集めてなぞっていき、出来上がった絵です。
ひとつ線を引いて、それに対してのコンポジションでまた線を引き、線と線をつないでいって最終的にこういうかたちになっています。
この線のシリーズをはじめた当初は、具象の絵から形やマチエールや陰影などの蓄積された要素を徐々に省いていって今の自分の中で一番必要な要素だけを残す事から始まり、もっと何かわからない有機的な線だけの抽象的な絵からスタートしましたが、回を重ねるごとに、白地に線だけになり形はまた何か具体的なイメージを持つものになっていきました。それはそういったこれまでの具象絵画や抽象表現主義の絵画に対する概視感から、別な方向を見てみたいという自分の中での美術的反動があったと思います。
普通、絵は紙やパネルに描いて展示室の壁にかけて展示し、鑑賞者はその絵を見ます。
この私の作品の場合は、展示空間の壁全体に直接描かれています。展示空間そのものが支持体のキャンバスとなっています。
鑑賞者の立っている床から一続きになっている現実の壁が、絵の中になっています。
私が深層意識の記憶の底から救い上げたイメージの集積は、何か意味を持つのかもしれない、何を描くかと言うことに対してニュートラルになる事によって究極的なイメージが現れるかもしれないと思っていました。
そして描いたその空間に身を委ねたい。現実と意識の間をゆらぐようなそんな体験がしたい。絵を描いているときはまさに感覚と動きだけの世界で、そのようなあちらとこちらをゆらぐ体験をしているのですが、現実と絵画の中との境界を曖昧にする事によって、見る人にも同じような場として絵画を体験してもらえるのではないかと思い、壁に描いていました。また、目に見える世界を全部絵の中にしてしまいたいという気持ちがありました。私は普段生活していても普通の景色の中にイメージが重なって動くのが見えるときがあるのですが、実際に他の人にも見えるように現実と想像が混ざるようなそういう空間を作ってみたいという気持ちがありました。

 




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